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江戸時代からの商家でショップを開く


2012年春、ウェブアドバイザーとして企業から依頼されたネットショップの企画運営の会社を営んでいた私は、縁あって職人の手による日用品を取り扱うショップ/ギャラリーを開いた。
場所は国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された山町筋土蔵作り商家のひとつ、江戸時代から続く金七金物店の空店舗だ。
ものづくりの伝統を遺すこの町で、つくり手と使い手をつなげる、そんな場所を作ろう。
それまでインターネットの世界でヴァーチャルなマーケティングを手がけていた自分が、いきなり伝統が色濃く残る商業地区でリアルなショップを始める。畑違いのチャレンジは、端から見ると無謀に見えたかも知れない。しかし、私自身に迷いはなかった。

蔵の空気にものづくりの歴史が見える


高岡の山町筋といえば、古くからこの地域の商業を担ってきた由緒ある地区だ。ものづくりが盛んな土地柄から職人仕事を大切に育んできた高岡にはかつて、金屋町で作った製品を山町筋で売るという流通経路が確立していた。
店舗の奥には蔵があった。金物屋だった前の店では、在庫を保管するスペースだったのだろう。土壁と高い天井がひんやりとした空気をたたえている。使わなくなった棚板が無造作に置かれ、片隅には二階へ続く梯子階段がかけられている。
当初、この蔵は貸し物件の中には入っていなかった。しかし、すっかり蔵の空気に引き込まれた私は、ぜひここも一緒に借りたいと、大家に交渉した。
もともとネットを通して何かを売りたい人と、何かを探している人をつなぐのが私の仕事だ。人と人、人と物の幸せな出会いのために作り手をサポートし、情報を発信し、消費者につなげる。これまでヴァーチャルに手がけていた仕組みをリアルに展開する舞台として、この歴史ある商店街と空き店舗はうってつけだと直感した。
店の名前は「はんぶんこ」に決めた。「半分」ではなく「はんぶんこ」。足りないのではなく補い合う。一つのものを半分ずつ分け合い、違った性質のものを持ち寄り、二つの要素が半分ずつ合わさったコラボレーションの意味も込めた。
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伝統の町に外からの視点を入れる


もともと高岡の出身ではない。氷見で生まれ育った私にとって、高岡はちょっと気張って出かける街というイメージだった。一緒にショップを運営するパートナーは魚津出身。彼女もまた、高岡にとっては外部者だ。
そのためか、開店後しばらくはご近所からは遠巻きに様子見をされている状態が続いた。「金七金物さんのところに新しくできた店は、何をやっているのかよくわからない」と思われていたのだろう。
そんな私たちが山町筋の一員であることを意識したのは、オープンからほどなく開催された高岡御車山祭への参加がきっかけだった。
たまたまこの年、小馬出町の山を世話をする「山宿」が金七金物店(金森家)の当番となっていた。店舗を提供して準備を手伝ううちに、古くからここに店を構える近隣の人たちとも打ち解け、ようやくうちが何をしている店かわかってもらえた。
そうしてみると、よそ者である私たちがこの町に入る意味も自覚できた。
私たちは、地元の状況に危機感を抱いて古い店舗を利用し「町おこし」を企画したわけではない。また、町家のブームに便乗して地元の物件を買い取り、大資本をバックにチェーン展開する大企業でもない。
地域どっぷりでもビジネス最優先でもなく、「ものづくり」に視点を据え、ネットで培ったノウハウを活かして職人に光を当てる場所を作りたかった。この地元との距離感が地域に新しい風を呼ぶ意味では絶妙だったのだと思う。

高岡の職人とのつながりを築く


当初から地元で頑張っている作家や職人の手がけた製品を紹介したいという思いは強かった。とは言え、地域外の人間である私たちには、地元の産業とのコネクションがほとんどなかった。
そこで私は、「高岡伝統産業青年会」に入り、人脈を培い情報を得ることで、作り手との連携を模索することにした。地元の職人とつながり、外から見ただけではわからない伝統産業の現状を知りたい。個々の作り手がどこへ進もうとしているのかも知りたかった。
飛び込んでみてわかったのは、仏具中心の伝統工芸の世界でも、作り手は伝統的な技術を使った新たなデザインを生みだそうと、さまざまに試みているということ。積極的に自分たちの製品を発信しようという意識もある。
小さなメーカーが地元以外のプロダクトデザイナーと組んで新たな製品を出していこうという流れもできはじめていた。
この流れに乗り、私たちの活動を伝統産業に敵対するものではなく、ともに成長する新しいものづくりの形を作り上げていきたいと目標を定めた。
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展示の先の日常へ


「はんぶんこ」でお客様の反応を直に受け止めながら、この1年半で試行錯誤を重ね、私たちもずいぶん変わった。
当初、ギャラリーを中心に考えていた運営は、徐々にショップ中心になってきた。職人が作る日用品は、展示するより持ち帰って生活の中で使ってこそ、作り手の思いがより深く伝わると考えるようになったからだった。
鑑賞のために展示するギャラリーでは、どうしてもアート性が全面に出る。アートとしてのこだわりは伝わっても、イベントが終わればそこで終わる。
これに対してショップにはその先がある。職人が作ったものを自分の生活に取り入れれば、より身近に作り手との接点が生まれる。その結果、使う側のものに対する見方も思いも変わっていく。
作り手と使い手をつなぐ「はんぶんこ」としては、アートよりは日常に使うものに思い入れがあった。
私自身、リアルに作り手と触れているうちに、失われつつある職人仕事に対する憧れはどんどん大きくなっていった。

作家として見えてきたもの


そしてついに、自分自身でも作家として製品を販売するまでになった。
「焚き火ろうそく」というのがその第1弾の製品だ。間伐材をペンチで割り細かい薪をつくり、その薪を積み上げたような形にして蝋をしみこませる。火をつけると、まるで焚き火が燃えているように「バチバチ」と小さな音を立てて炎が上がる。揺らめく灯をじっと見ていると不思議と気持ちが和らぐのだ。
私は、本業として10年続けてきたインターネットショップのノウハウをフルに活かし、自分の作品をどうしたらより多くの人に知ってもらい、買ってもらうことができるか、さまざまな方法で実験してみた。
ショップで販売の支援をしていても、他人からお預かりした作品を使ってマーケティングの実験までするわけにはいかない。職人には職人の矜恃がある。いくらこちらがいいアイデアだと思っても、売り方についてはそれぞれの考え方があるのだ。その点、自分が作ったものなら思うようにマーケティング手法を試すことができる。
この結果、私の「焚き火ろうそく」は新聞やテレビでも取り上げられ、いろいろな場で話題にしてもらった。
その過程で、私は作り手としてある気づきを実感した。
それは、作品ができあがった時点と、製品として人々に広く認知され評価された時点とでは、ものづくりとしてのモチベーションがまったく違うということだ。
自分の作品にプライドをもつかつての職人は、得てして「いいものさえ作れば自ずと評価はついてくる、人は買ってくれる」という信念のあまり作品を広めることに積極的でないことがある。
しかし、自分の作品が製品としてたくさんの人の目に触れれば、作家も職人もマインドが変わってくるはずだ。
このことを身をもって知った私には、作り手と発信者というふたつの立場が「はんぶんこ」ずつ備わったのかもしれない。
今後は、自分の体験から得た「売れるノウハウ」を、ショップで扱う作家や職人にも伝えていくことを考えている。
作り手としては、もっと実績を積んで将来的にはプロダクトデザイナーとして、高岡の職人と一緒に世界に通用する商品を作っていくことが目標だ。
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作りたい人の思いを受け止める場に


作家として製品を作り上げたことで、さらに新しい気づきを得た。それは、職人仕事がいかにすごいかということ。自分がものを作る中で憧れはリスペクトになり、生活の中で何気なく使うものたちの中に、作り手の思いを感じるようになっていった。
この感覚を、もっとたくさんの人たちにもわかってほしい。この思いが「はんぶんこの図工室」開設につながっている。
最初は、大家の許しを得て「はんぶんこ」の蔵に置いてあった棚板で椅子を作る工作教室を企画し、その作り手を募集したことが始まりだった。できあがった手作りの椅子をショップで販売するという新しい試みは、マスコミにもすぐに取り上げられた。
その後、飛?高山の木工作家を呼んで家具の端材を使ったスツール造りのワークショップを開催した。あっという間に希望者も埋まり、今でも問い合わせがあるほどの大人気企画となった。
10月には、デジタル工作機、3Dプリンターとレーザー加工機を導入し、デジタルファブリケーションとしての設備も完備した。これらの機械も、ワークショップを通して使い方を学んでもらうところからスタートして、この先、訪れる人のアイデアを形にできる設備として開放する。
そして今後、これらのデジタルファブリケーションを活用して、アイデアを持って自分で何かを作りたい人(=メイカーズ)のサポートをしていく。「はんぶんこ」を人々の「作りたい」という思いを受け止める場に育て上げるのが私たちの目的だ。
まずは訪れる人が自分の手で作ってみる。できあがったものを「はんぶんこ」が企画・マーケティングし、製品として売るサポートまで行う。その結果、商品としての将来性が見込まれれば、地元の工場で本格的に製造工程に乗せる道も開けるかも知れない。ものづくりとして、地域の活性化も生まれる。
職人が丹精込めて作った作品に触れ、自分でも作りたいと思ったとき、作る場を与えられ、実際に作ることによってマインドが変わってくる。それが、作る人への共感やリスペクトにつながる。
製品の形ひとつとっても、どれだけ考え抜かれ、高度な技術と作り手の魂が込められているかは、実際に作ってみないと理解できない。自分の手で作ってみることで、ものの価値がわかっいく。安く使い捨てられる大量生産品ではなく本物を作りたい、使いたいという人も増えていく。
こんなふうに「はんぶんこ」を舞台に、ものを介して作り手と使い手の間にいい循環が生まれる。私はこの古い蔵の中にそんな夢を見ている。
この夢が実現するとき、ものづくりの町として豊かな土壌を持つ高岡に、新たな風が吹くのではないかと思う。